東京高等裁判所 昭和48年(ネ)124号 判決 1974年10月09日
控訴人 山中三男
控訴人 山中トシ子
右両名訴訟代理人弁護士 小川彰
右同 桜井勇
被控訴人 森栄子
<ほか三名>
右四名訴訟代理人弁護士 高橋勲
右同 高橋高子
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
控訴人らは各自被控訴人森栄子に対し金一〇三万〇、六三六円、同森まり子に対し金一二万七、二八五円、同森良雄、同森つ江に対し各五〇万円および右各金員に対する昭和四七年一一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は第一、二審とも、これを三分し、その一を控訴人らの負担としその余を被控訴人らの負担とする。
四、この判決は、主文第一項金員の支払いを命ずる部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。
被控訴人ら代理人は請求の原因ならびに、控訴人らの主張に対し次のとおり述べた。
一、請求原因事実は原判決の事実摘示(原判決二枚目表五行目から五枚目表四行目まで)と同一であるから、それをここに引用する(ただし原判決二枚目裏一〇行目「および民法」一一行目「七一五条」をそれぞれ削除する。)
二、控訴人ら主張の事実中、本件事故現場である交差点に進入する直前における両車の位置関係は訴外吉田勝彦(以下訴外吉田と称する)の車が先行し、亡森貞一郎(以下亡貞一郎と称する)の運転するバイクが左側後方から直進していたことは認め、その余の事実は争う。
控訴人ら代理人は次のとおり述べた。
一、被控訴人ら主張の請求原因一の事実中、被控訴人ら主張の日時場所において、訴外吉田運転の大型貨物自動車と亡貞一郎運転のオートバイが衝突した事実、及び亡貞一郎が傷害を負い後日死亡した事実を認め、その余は争う。同二の事実は争う。同三の事実中控訴人らが「株式会社誠興商会の名称で共同事業をしていること、訴外吉田を作業員兼運転手として雇用していること、本件事故が業務従事中発生したことは認める。同四の事実中、1のイ、ロ、ハの各事実および被控訴人森栄子、同まり子が亡貞一郎の相続人であること、被控訴人らと亡貞一郎との身分関係が被控訴人ら主張のとおりであることは認め、その余は争う。同五の事実中、被控訴人森栄子、同森まり子が自賠責保険の給付を受けたことは認め、その余は争う。
二、控訴人山中トシ子及び訴外吉田は、自動車の進行に関し過失はなく、かつ自動車の構造上の欠陥又は機能の障害はなかったものであって、本件交通事故は専ら亡貞一郎の過失に起因するものとして、免責さるべきである。
(1) 訴外吉田は昭和四七年六月九日午后〇時五〇分頃、千葉市稲毛町方面より市原市方面に向かい進行中、千葉市登戸町一丁目八番地先道路交差点を左折しようとして徐行して交差点に進入したもので、手前三〇乃至四〇メートル附近から左折の合図をしながら左折し、ほぼ左折を完了したところ後方より訴外亡貞一郎が進行して来て、訴外吉田運転の大型貨物自動車を発見し、あわててハンドルを左側に切ったが、間に合わず本件交通事故が発生したものである。
(2) 訴外吉田の車輛は交差点に進入前、赤信号のため、先行車が二台停止しておりその後部に停車しており、また、訴外吉田の車輛は大型車なので、可成り交差点に進入してから左折を開始ししかも左折のため道路左側端との間の間隔をとっていた。そして事故発生の際の接触部位は、訴外吉田車輛の左前横バンバー附近と、バイクのハンドル部分であった。以上、吉田車輛の位置、進路、接触の部位と、亡貞一郎のバイクが直進態勢をとっていたこと、しかもバイクの発進が身軽なことを考え合わせると、両車の位置関係は、吉田の車輛が先行し亡貞一郎のバイクが後方から追いつき、追い越そうとしたため本件事故発生に至ったことは明らかである。
(3) 訴外吉田運転の車輛は交差点より三台目の車で、亡貞一郎のバイクには障害物がないので、最前列に位置し得たはずであるから、両車が併進していたならば本件事故は発生の余地はなかったと考えられるけれども、かりに併進していたとしても、前記接触部位から推して、亡貞一郎のバイクは少くとも訴外吉田の車輛の最前左側部分の方向指示器の後方を併進していたものである。右車輛前部左側の方向指示器は左側を通過する車輛からもたやすく認識できるように車輛本体より突出して取りつけられている。したがって、亡貞一郎の位置からは当然訴外吉田運転車輛の前部左側の方向指示器による左折の合図は充分認識しうる位置にあるのであるから、このような位置から、交差点内において少しでも先行する車輛を追い越すに当っては、亡貞一郎としては先行徐行車の動静に充分気を配り、最小限度先行徐行車の方向指示器の確認をなすべき義務があるに拘らず、これを怠り、現に作動している方向指示の標識を見落して先行徐行車が直進するものと軽信し漫然、吉田の車輛を追越そうとした過失によるものである。
(4) なお、亡貞一郎は当時妻の控訴人森栄子と二週間位前から別居中であり、本件事故は妻の実家から帰る途中起きたもので、亡貞一郎は三ヶ月半前にバイクで転んで頭を打って病院通いをしており、しかも当日は二〇〇CCの献血をした事実もあり、そのため同人は注意力が極めて散漫になっていたものである。
(5) 一方訴外吉田は前記のとおり方向指示器を作動させかつ徐行しながら左折を開始した際バックミラーで後方の確認をしたところ亡貞一郎のバイクを発見できなかった。それは亡貞一郎のバイクが、道路車線中央部分、訴外吉田の車輛の直ぐ後方を進行していたところ、交差点に近づくと信号待ちの車輛が三台あったので急拠進路を変更して左側に割り込み進行したため、バックミラーによる確認ができなかったものである。
(6) 訴外吉田の運転する大型貨物自動車は毎日点検しており、構造上、機能上の欠陥障害はなかったものである。
(7) よって、本件事故は専ら亡貞一郎の過失によって惹起されたものである。
三、かりに訴外吉田に何等かの過失があったとしても、前記の諸点を総合すると亡貞一郎の過失も大きく、その割合は五分五分を下らないものであるから、五割の過失相殺を主張する。
四、亡貞一郎のように就労可能年数が三九年の長期にわたる場合には、ライプニッツ方式によるべきである。この場合、係数は一七、〇一七〇である。
五、本件大型貨物自動車(千葉11に二八六六号車)の保有者は控訴人山中トシ子であって、控訴人山中三男でもなければ訴外株式会社誠興商会のものでもなく、従って被控訴人らは控訴人山中三男に対して、自賠法三条に基づき損害賠償請求することは許されない。
≪証拠関係省略≫
理由
一、事故の発生および責任原因
(一) 被控訴人ら主張の日時、場所において、訴外吉田の運転する大型貨物自動車(以下加害車と略称する。)と亡貞一郎の運転する原動機付自転車(以下被害車と略称する。)とが衝突した事実、亡貞一郎が傷害を負い後日死亡した事実は当事者間に争いがない。
(二) ≪証拠省略≫を総合すると、千葉市登戸町一丁目一番地先の事故現場は、稲毛から市原に向う国道一四号線と、新町から市役所方面に向う幅一三・一メートルの道路の交差する地点で、自動信号機による交通整理が行なわれている交差点であるところ、加害車も被害車も稲毛方面より市原方面に向い、交差点の手前で赤信号となり、加害車は停止線の一〇メートル手前で一時停車したが加害車の前には二台の乗用車が先行していたこと(本件事故現場進入前の加害車と被害車の位置関係は加害車が先行し、被害車が後進していたことは当事者間に争いがない)、やがて、信号が青信号に変わり両車は発進したこと、発進後被害車は加害車と並ぶ位置まで前進し、両車併進して交差点に入ったこと、交差点において加害車は左側道路端との間に約一米を残していたこと、加害車は一一トン積み長さ一一・四八メートル、巾二・四九メートル、高さ二・七五メートルの大型貨物自動車で車体構造上、咄嗟の事態に機敏に対処することの困難が予想される以上、左折進行するに当っては自車の左側を直進する車輛の有無を確認し、直進車のあるときは交差点内で一時停車するなどしてその通過もしくは停止を待って後、左折進行すべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、左側前方の方向指示器を作動させただけで、自車左側を直進する車輛はないものと軽信して左側の安全を確認することなく、折柄加害車の左側を直進中の被害車に全く気付かず漫然時速約五キロメートルで、停止線直進後間もなく左折を開始したため、左折開始の直後加害車の左側前部を被害車のハンドルに接触させて、被害車を転倒させ、亡貞一郎を左前車輪で狭圧し、よって同人に骨盤骨折等の重傷を負わせ、その結果千葉大学医学部附属病院において、右傷害に基づく急性腎不全等により死亡するに至らしめたものであることを認めることができる。
(三) 控訴人らは、まず、本件事故は被害車が加害車の後方から追いつき追い越そうとしたもので、亡貞一郎の全面的過失に起因するものである旨主張するので、この点について判断すると、交差点に進入の直前の位置関係は、加害車が先行し、被害車がその左側後方から進行していたことは前記認定のとおりであり、≪証拠省略≫中には控訴人らの右主張にあう部分があるけれども、前記乙第五号証の一「大型トラックの助手席あたりにオートバイがくっついて同じ程度のゆっくりしたスピードで右の方から交差点に入って来た。」旨の記載、その他前掲各証拠に照らして信用し難い。よって、訴外吉田の無過失を理由とする免責の抗弁は理由がない。
(四) 次に控訴人はかりに本件事故につき訴外吉田が無過失でないとしても、亡貞一郎にも少くとも五割程度の過失責任があると主張するので判断すると、≪証拠省略≫を総合すると、交差点で一時停止した際加害車に遅れていたことは前記認定のとおりであるから、加害車にやや後れて交差点に進入した被害者としては大型車である加害車の先行することは当然気付いていたはずであり、このような大型車の左側を後進する原動機付自転車を運転する者として加害車の進行に注意を払い加害車の方向指示器による合図を確認して、直進するか左折するかを見きわめるなどして衝突を回避する注意義務があるにかかわらず、亡貞一郎はその義務を怠り、漫然直進をしようとして本件事故を惹起したものと認められ、亡貞一郎の右過失は後述損害額の算定に当って当然斟酌すべく、その過失割合は、訴外吉田につき六割、亡貞一郎につき四割が相当と判断される。
二、控訴人らの責任原因
≪証拠省略≫によれば加害車は控訴人山中トシ子名義で登録されていることが認められ、控訴人両名が株式会社誠興商会の名称で共同事業をしていること、右両名が訴外吉田を作業員兼運転手として雇用していること、本件事故が業務従事中に発生したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると控訴人山中三男同山中トシ子は夫婦であること、同人らの事業は木材の運搬であることが認められる。以上認定の事実と弁論の全趣旨を照らし合わせると、控訴人らは共同して加害車の運行支配をなしているものと判断される。従って、控訴人山中三男同山中トシ子は自賠法三条により、各自本件事故に基づく損害を賠償すべき責任があるといえる。
三、損害
(一) まず、本件事故に基づく逸失利益の損害につき判断する。
亡貞一郎が本件事故当時満二四才で心身ともに健全であったこと、厚生省発表の第一二回生命表によれば満二四才の男子の平均余命年数は四六・四七年であること、右のうち少くとも満六三才に達するまでの三九年間亡貞一郎は就労し得たはずであることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、亡貞一郎は大学を卒業して以内丸山製作所を経て田中工業株式会社に勤務しており死亡前三箇月間の給与は平均して毎月五一、六六六円であることが認められ、亡貞一郎の生活費は右収入の四割を相当と判断するので、年間純収入は、51,666×0.6×12=371,995となる。
そこで、亡貞一郎の残存稼働期間の逸失利益の現在価額はホフマン方式の係数二一、三〇九二によって算出すれば、被控訴人ら主張のとおり、371,995×21.3092≒7,926,915(円未満切捨て)となる。
控訴人らは中間利息の控除の計算方式としてライプニッツ式を採用すべきであると主張し、なるほど、本件のように長期間の中間利息を控除して現価額を算定する場合にホフマン式を採用すると控訴人らの指摘するような結果の生ずることは計数上考えられる。
しかしながら、ホフマン式といいライプニッツ式といい結局具体的な事案について、当該被害者の逸失利益の適正な額を算出するための算出方式にすぎないので、算出の方式が異なるといっても一概にその一を採って他を捨てるほどの合理性がその一方にあるとも言い切れないのみならず、本件においては、年間給与額は、将来の昇給、ベースアップ等の諸要素を考慮せず、一律の額としていることを、前提とすれば、本件において、特にホフマン式を排斥して、ライプニッツ式を採用すべき合理的理由を見出し難く、この点に関する控訴人らの主張は採用し難い。
被控訴人森栄子、同まり子が亡貞一郎の相続人であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被控訴人森栄子は亡貞一郎の妻、同森まり子は同人の長女であることが認められるので、亡貞一郎の逸失利益を被控訴人森栄子は二六四万二、三〇五円、同まり子は五二八万四、六一〇円をそれぞれ相続したことになる。
(二) 次に入院治療費について判断すると、≪証拠省略≫によると亡貞一郎は本件事故により事故当日より同年六月一五日まで千葉大学医学部附属病院に入院して治療を受け、被控訴人森栄子は右入院治療費として金四四万四、九九〇円を支払ったことが認められ、よって被控訴人森栄子は本件事故により右と同額の損害を蒙ったものといえる。
(三) 次に控訴人らの過失相殺の抗弁について判断すると、前記認定のとおり、本件事故の損害額算定にあたって斟酌すべき亡貞一郎の過失割合は四割であるから、上記損害額は、被控訴人森栄子につき一八五万二、三七七円同まり子につき三一七万〇、七六六円となる。
四、慰藉料
被控訴人森栄子が亡貞一郎の妻であり、被控訴人森まり子が亡貞一郎の長女であることは前記認定のとおりであり、≪証拠省略≫によると、被控訴人森栄子は昭和四五年六月亡貞一郎と結婚して、翌四六年六月被控訴人まり子が生まれ、その後一年して本件事故で夫を失ない、被控訴人まり子は幼少にして父を喪なったものであること、被控訴人森良雄及び同つ江は、それぞれ亡貞一郎の父母であり、唯一の男子であって、亡貞一郎は結婚後も、亡貞一郎の家族は両親と同居しており、亡貞一郎が一家の支柱であったことを認めることができる。以上の事実、本件事故の態様ならびに亡貞一郎の過失を斟酌するときは、貞一郎の死亡したことによる被控訴人らの精神的苦痛を慰藉すべき額は、被控訴人森栄子につき一〇〇万円、同まり子につき六〇万円、被控訴人森良雄、同つ江につき各五〇万円と、認めるのが相当である。
五、損害の填補
自賠責保険により被控訴人森栄子、同まり子が合計金五四六万五、二二二円の給付を受けたことは当事者に争いがないのでこの金額を同人らの法定相続分に按分すると、被控訴人森栄子は一八二万一、七四一円、同まり子は三六四万三、四八一円の支払いを受けたことになる。
六、結論
以上により、被控訴人らの本訴請求中被控訴人各自に対し、被控訴人森栄子が一〇三万〇、六三六円、同まり子が一二万七、二八五円、被控訴人森良雄同つ江が各五〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四七年一一月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余の部分は失当である。
よって、右と判断を異にする原判決は、その限度においてこれを変更することとして、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 野田愛子)